声の主は赤ちゃんではなく裕福な大人であること

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十月後半、やたら思いが溢れると思ったら
支援させていただいている視覚に障がいを持つ方との共同事業への思いが
熟成して噴出した…という感じだった。

それとツォルキンというマヤ暦の新年でもあり…笑。その2つのせいかしらね。。
2月8日からの260日がちょうど終わって、新しい暦になったそう。
わたしはこの260日は、ボランティアや支援についてしっかり考えさせてもらえた期間だった。
真実を知りたいと思っているからこそ、真実を知るような出来事を見ることは多い。

絵を媒体にお仕事をしていると、時々もたらされる、
依頼いただき業務が進み、ギャランティはわずかだとしてもその大切さのお話なども済み、双方納得したかに思えた後に
「みんな家族でボランティアなのに、あなたはビジネスだ!」と、芸術はボランティアが当然だと怒る方に出会うことがあるのは
つくづく改善したい世界だから出会うのだけど
その言葉の後のことも記してみる。

その言葉で怒る方に会うと、「ああ、この場所ではボランティアをする方達を集められたことは素晴らしいけれど、学べなかったこともあるのだな。みなの支援は残念な方向へ働いてしまったのだな」と無念な気持ちになる。
そして自分たちの過ごす世界の価値観と違うことを見せてもらうため諦めモードになり
「ではお金はいりません」と答えることが多かった。
今は、すでに進んだ業務を大切に扱いそのようには答えないけれど、
以前は違う価値観に対して、簡単に済まそうとしてしまっていたの。

そうすると突然相手は態度を変え「やっぱり倍支払います!」と、なぜか倍額の提示をされる。
当然そんな決め事はないし、そんなに貰うわけにはいきませんと倍額は辞退。
それでも払う!と勢い込みながら、なぜか最後はやっぱりお支払をしない形で修めてしまうの。

これは倍額にして、貰う訳にいかないという当たり前の反応が引き出されることで
全額なくしていいという解釈を正当化する技のようにも感じるけれど笑
このパターンがなぜかとても多い。

また、この案件で取り仕切る方は、家庭の家賃や生活費を支払っていない。
世帯主の方に養ってもらっているので、ご自分のお仕事は、ご自分の活動にのみ充てられている。
ボランティアで行っても生活はできるし、
お金をいただかないことは、むしろ良いことをしている充実感を高めてくれる行為にもなる。
養ってもらって生活ができる人ゆえの感覚だ。
しかし人にしてもらうお仕事の方も、自分の良しとする感覚と同じく無償を良しと捉えるので
業務を遂行してもらいながら、支払わないことをさらりとびしっと、正当化できてしまう。
そしてお仕事にギャランティが発生することを単純に「欲」と見ていた。

通常の事業主は、ギャランティが全てプラスになる方はいない。
原価があり制作時間があり場所代もある。
お代というのは、ほとんどそういった対価で費やされ、儲けは設けなかったりする方もいるほどだ。
わたしもそういった傾向がある。。
そういった経済の流れを知らないまま、養われつつご自分の活動を行う方へは
どうしても知識や学びを増やす機会の必要性が露呈する。
それは「ギャランティは欲ではない」ことを知ることだ。

お金を単純に欲と捉える方は多い。
そしてお金を稼がなくても生活ができる人が、お金を扱ってる場合も多い。
どちらも、本当の経済の在り方を知らない。

わたしはお金はもう今は、人のように必要なときに颯爽と現れ助けてくれるような
ボディガードの存在としか見られない。
だからこそ間に入って取り持ってくれることに感謝しているし
皆に分配し、支援するのにも、うってつけの媒介と感じている。
増やして寄付や分配にまわすことができる。
自分で産み出したプラスのお金だからこそ、誰にも迷惑をかけずに費やせる。

しかし、支援だけを見ている人の中には
懐をマイナスにしてでもお金を出すべきと声を荒げたり
受け取るなんて汚いと欲深く見てしまってる方が、確かにいる。
マイナスとは、家賃が払えなくなったりご飯が食べられなくなる可能性だってある行為なのに。

経済の在り方の、本質を知ることは
欲深いことでも恥ずかしいことでもない。
知れば知る程、経済はただ、皆を助ける空気や水のようなものに見えるだけだ。

そんな地球に根差した必要なものを、
個人から奪ったりお礼に使わないことを、正当化している媒体はまだ確かにある。
他者の懐をマイナスにしてでも自分たちに助けを求める人が、自分の懐はマイナスに決してならない位置から声を上げている。
その大きな呼び声にのみ反応して、体が動いてしまう人も多い。

まるで赤ちゃんの泣き声でもある、無償の愛を求める声を捉え、
声の主は赤ちゃんではなく裕福な大人だと見留めることは、
わたしたちには必要なスキルだ。

心優しい母性溢れるボランティアの方達を多く知っている。
今後、ボランティアの方達の活動方法は、もっともっとよくなってゆくと思う。
まだまだ未熟な媒体。必ずみんながもっと安心して過ごせる世界に変えよう。
本当の、優しく皆が守られる支援を増やそうと思う。

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by arica_11 | 2018-10-30 19:23 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


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