線引きのこと

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LGBTの方達の性的指向を嗜好と勘違いして
痴漢の権利はどうなのかなどという言葉が
出版の形で発信されている。
出版されるものも全てが必ずしも公共の正しさを持つとは限らない。
働いている人たちのために、出版社さんは売れるものを作らねばならず
目立つ内容を取り入れることもあると思う。

それでもあまりにも公の場での言葉にふさわしくなく、びっくりした。
だってあの話の流れにおいて、ご自分の性的嗜好を公言してるようなものだし
痴漢に遭う女性の気持ちは痴漢の権利より見なくていいようなものとして
表現してるのだもの。
すごくびっくりして、同時にげんなりした。
同じ気持ちになった方々は多いんじゃないかな。

話はそれるかもしれないけれど、感想として
社会においてご自分の性的嗜好を正当化しなくても
肯定してもらえる仲間と密やかに楽しんでいればいいように思うけれど
自己肯定感が足りないからなのかな?理解したくない他者の自分と違った思考や指向を否定するのは。。
と思ったりしたかな。
と、こう書いているわたしも、その出来事を見て
これは自分では持っていたくない思考なだけと、理解することも大切なのだけど。
この感想も見方も個人的なものですしね。個人の嗜好じゃないかもしれない。

しかし性的指向が違くたって、どうして否定しよう。
同じく性的嗜好が違くたって、彼らがそれで満足ならかまわない。
だけどこの話は、社会で、勘違いして、違っている人を否定して自分の感覚だけで物事を決定づけていることを
発信してしまってるところにある。
こうなってくると、公の言葉は、皆において大切で、皆にとっての正しさも重要だと感じさせられる。
この場合の正しさへの修正は、その話に、その話を付けるのは論点が違ってるよというチェックだとか
指向と嗜好を勘違いしているよという指摘になるんじゃないかな。
この部分は多くの方達が気付かれている部分かと思います。

だけど内容は通って出版に至った。
とても不思議な流れを感じさせていただいたな。

売るためには、多くの人々の生活のためには、こういったこともある。
出版されるものが必ずしも正しいとは限らない。
そりゃあ随分と個人的な意見だね、という公の声もある。
他者否定を肯定しているような内容も、世に出てしまう。

何か、大きな範囲での線引きだって必要であることを、試されたような出来事に感じたかな。





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by arica_11 | 2018-09-25 07:41 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11