目を向ける方とは

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ハラスメントのように、怒りを孕んだ脅し言葉などで恐怖心を煽って人をコントロールするだけでなく
良心を刺激して「こうすることがみんなの常識」とか「みんなが良いと言っている」と
その人にとって都合の良いことを選ばせるようにコントロールする方法も。
どちらも、人を思い通りに動かした後に「あなたの自己責任」と言葉にするのが特徴かも。

自己責任はよくある言葉のようで
他者が人に言うことではない文言。
他者にそう指導されたら、そこには「人の選択や思考の自由を奪う」力が存在する可能性も検証したい。

自己責任とは自分で捉える責任で、選択の幅は広い。
選択のひとつひとつを検証することも責任。
他者が、人それぞれ思考し検証する責任に対して、
あなたは自己責任を持ってないなんて、言い切れない。

その言葉が他者から漏れた時、ほんとうに責任を持たないのはその人で
その人は、他者の責任の権利を握ろうとしている可能性まである。

あなたの選んだことは自己責任なのだから人のせいにするな と言いつつ
自分がしている、人の選択や思考の自由を奪う行為を、擁護している。
人の選択を奪っておきながら、その奪う行為を人のせい(あなたが奪われることを選んだのだと)にできてしまうのが
自己責任と言葉にする人の行為の本質かもしれない。

ここでもほんとうに改善すべきは
人の自由な選択を、奪うこと。
奪っておきながら、自己責任と逃れられる言い訳の部分。
コントロールの部分。
恐怖心を使うだけでなく良心も使われてしまう意識の幅の広さが
わかりにくさのポイント…

選択を奪われる方が悪い、意志が足りないと、論点をずらしがちだけど
立ち返って、力を行使することへの禁めに目を向けたい。




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by arica_11 | 2018-06-20 16:13 | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11