一年経ち

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昨年のアメリカ車旅から一年経ちました。
この詳細、まったく書けてないから、別ブログで書こうとしています。。
忘れてきてる。

今年はとうとうイギリス、スコットランド、フランスなどへ行くことに。
ずっと辿り着きたかった石文化をこの目で。
大分の米神山から始まった石文化のご縁は
北九州のカルスト大地、平尾台も含め
秋田の大湯環状列石や
高知の唐人駄場などにも足を運べて目にして来られたのだけれど
同じ配置だったり同じ成分の石が、ヨーロッパにもあることの不思議を
確認したいと思います。
何が込められているのかな。わかるかしら。(わかることもある)

小さな日常生活では
アートセラピーやお仕事を通して、人の心身へも思いを馳せています。
人に思うことは自分の投影である中
未だに『「〜してくれなくて」残念』とか『不安定に「見える」』とか
その方の見え方感じ方で、批判を届けたりする行為を目の当たりにしたりして
批判だけでなく、怒りや涙という感情を乗せての激昂も時にあるので
届けてしまうと、受けとった人にとってはいきなりの暴力になってしまうから

ではその暴力をどう逃しましょう、手放しましょうという作業が
常日頃のワークとなってきて。
より楽にできることを日々模索しています。

受けとった時に暴力にしない術へ転換することも大切だけれど
それでも強力な人を傷付けたいというエネルギーを逃したり手放したりするのは
けっこう大変なの。

なぜ彼らが関わる人を傷付けたいかと言えば、
ほっとしたいから、楽になりたいから、自己正当化できるから、万能感を得られるから…
自己が不安定、アンバランスだからなのだよね。。
自己愛過多、自意識過剰になったときに、他者を巻き込んで思い通りにコントロールしたいと行動に出てしまう。
更に傷付いた方のことを、心が不安定だからとか、弱いとか、体質が思い悩み易いと言い訳さえできちゃう。
アンバランスな自分の状態を人に投影して、自分と同じように困ってしまう人を作って、
自分の問題を人の持ち物だとすり替えられるとやっと安心できる。。
自己の正当を強化したいから他者を利用して安心するのは、アンバランスを1人ではどうにかできないと思っているからなのかも。

これらの「ヘルプミー!」とも言い換える事もできる、それでも暴力である方法を、なくせたらと思うのだけど
万能感のある発信者は、決して自分の行為を振り返ったり反省できない。。
すでに大きくなって重くなったエゴから暴力は発信されているので
受け手が気にしないでいられるとか、手放せる技を身につけることは、本当に大切なの。

みなさんはナイフで突然おなかを刺されてしまったときに
その傷をすぐに快復できるイメージ、できますか?
ナイフは、本物の金属でできた物質だけでなく、言葉という見えないものも同じ効果を持ててしまうの。
言葉の暴力でも、実際に皮膚に穴があいたり(アトピー)筋組織が切れたり(肉離れ)胃に穴が開いたり(胃潰瘍)するのだよ。
でも傷は自分のイメージで広げてしまうところもあります。

イメージであり、見えない分、感じない事もなんとかできる。
快復を早めることや
鍛錬によっては受けてもスルーできるようになる。
イメージの力を養う事は、快復へも、人を傷付けないためにも
とても大切なこと。

直接ぐさっと届いたものだって、へぇと受け流せたら素晴らしいよね。。

こちらのブログでは、このスルーの技術を磨いてゆけるような話題を書いて行けたらと思います。

とうとう世の中は、ネガティブな意識の方、ポジティブな意識の方とすっかり分かれたそう。
ポジティブとは、調子がバランスよくてもアンバランスでも得られる事ができるし
物事に左右されなくなってくる意識。
人は完全じゃないから、揺れてしまう事もあるけれど、それをジャッジせず、それもまた良しとエンターテインメントとして受けとれるような意識。
調和を重んじるよ。
ネガティブとは、アンバランスな状態を改善せず保って、人のせいにしたり人を悪いと思い込んで攻撃できてしまう心理。
不調和でも自我が楽になるなら保てて、悪いと思ったものを排除できるような思考。。
批判や暴力は最たるもの。

今までOKとされてきた、こんな自分や人の言動、
上記のポジネガだけ、ちょっと気を付けてみてみてくださいね✨















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by arica_11 | 2018-03-24 13:57 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11