バリアフリーについて。

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昨日のバリアフリーの講演会追記。

バリアフリーという概念が、あまりないことに気付く。それはね、
当たり前のことだからかも。
たしかにチュプキさんは段がなかったり車いすスペースがあったり、音声ガイドがあったりするし
ロビーの絵も、視覚に障がいのある方も触って楽しめたり、弱視の方にも分かりやすい色になっていたりする。
でも何か、自然に、当たり前にそうなって
その時に使った気持ちは思い遣りや、自然に湧き出る心で考えただけのことだった。
特にバリアフリーにしようというよりも、当たり前のことだよねと、創られていってるの。

昨日は心を大事に見ている というようなお話になってしまったけれど
他の人の心に共感するものを感じれば、繋がるし、手助けになるからボランティアばかりでなくお仕事をいただいたりするし
自分もみんなの役に立つよう思い遣りを持った心でいられたら、他の同じ思いを持った方とも繋がれるし、時にお仕事をお願いしたり、時にボランティアを率先できたりもする。
そこにはどっちじゃなきゃいけないなんて制限はない。基準は人の役に立つ方、みんなが苦しまない方はどっちか考える気持ちだけ。
それはただ、当たり前の気遣いなだけ。。

そんな風に、制限のない心が、バリアフリーになってゆくだけなんだろうし
また、同じ気持ちの循環を呼ぶのだと思う。

こうじゃないとだめとか、思い通りになれって言う人が離れていなくなっちゃうのは
制限をかける考えだからだと思う。
ボランティアじゃないとだめとか犠牲なるのが当たり前とか親しいからボランティアでやるのが当然でしょなど
初めから制限をかけることは
本当のボランティア心じゃないし、バリアフリーでもない。
その人だけの枠にはめようとする、バリアばかりの世界に入れようとすることであり
だからこそ入らなくて全然良いのが、制限ある世界の方だと思う。
どんな思いの背景にも、人に対する気遣いこそ、大切なのじゃないかな。

枠がなく、みんなが同じ立場で繋がって、誰かが困ってたらすぐ別の誰かが助けたりがただ当たり前の世界が
ここにあって
それにバリアフリーという施設や心持ちが整ってるだけということ。
でもそっちの方が心地よく、ずっとこうでありたいなと思う世界だったりする。

本当に自分だけのバリアを創らないだけで、同じ気持ちの人達と繋がれる!

だから制限のない心はどんなものなのか、ちょっと見つめてみてほしいです。

大人達が体現した、好きなことを仕事にする居心地のよい世界が、制限のない心で創られたこと、
忘れないでいてね。








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by arica_11 | 2017-11-12 16:36 | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11