自分の好きな世界、好きだった世界

Twitterで瀧波ユカリさんの「子どもに怖いニュースは見せない」というつぶやきを見て
うーん、ニュースもだけど、子どもの頃たくさんホラー映画見てたなー笑と思い出して。
キャリーのね、印象がすごくあったの。明智小五郎シリーズとかセンチネル、八ツ墓村の記憶も大きくて。
好きだったの、怖い物語が、なぜか。
けれど単に怖いというのではなく、バランスが崩れて、壊れたり犠牲になってゆく人たちを見守っていた…という感じなのかな。

そうしたらそのすぐあとに読んだ、吉本ばななさんの「イヤシノウタ」の中で
ホラー映画好きへの仮説が出てきて。
「繊細で愛情深いのだが、子ども時代になにかしら恐ろしい目にあって(中略)
愛する人が自分にとって理解できないことをするというのは、子どもにとってホラーそのものなのだから」
という文章に邂逅してしまって!

キャリー借りてきて、35年ぶりくらいに見返した。
そう、たしかに知っている家庭の風景も描かれてた。
それを今の家庭から観たわたしたちは、かつての怖かった光景を浄化としてキャリーみたいに燃やせるのかな〜って期待していたら
次の日蚊取り線香が絨毯に落ちているのに気付かず寝ようとしてしまい!苦笑
そしてそのこともなんの気なしに確認してすぐに気付いて、消火も速くて。

うん、怖いやり方で浄化するのは違うね!ってすぐ理解できた。笑(だって久しぶりに観たかったんだもの〜!好奇心勝る…)

子どもの頃は無自覚にキャリーに癒しを感じてたし
その後の出来事を6歳くらいで感知してたのもすごい。
怖いものをどう咀嚼するかちゃんと子どもは選べるから、何も規制はいらないのかもしれないし
逆に知ってるから出会ってしまったのかもしれない。
んー、でも今はもう、必要ないことが知られたし
キャリーみたいな方法は全然、違う。

そしてふと、今朝、虐待児童の里親のニュースを見るに至るの。

わたしたちのいつかにできることの中に、彼らの癒しも含まれている。
今はまだ自分たちの生活を楽しんだり癒したり、喜んだりしている。
ここでたくさんのあらゆる愛情を満たして、きっといつか、次に渡す日がくるんじゃないかな。
それは、愛情に満たされた人を救うんじゃないことだと気付いたの。
彼らは多分自分たちでやっていける。
わたしたちができることは、自分だけで愛情をまだ満たすことのできない時を生きる、人たちの保護。
そう、強さや力を得るのは本当に時間がかかるし、大きなあらゆる心や経験が必要。
そういったものを培える経験がまだまだない人たちは確かにいる。特にこの世に生まれてすぐだとね。。

わたしたちにしかできないこともあるんだなあと、気付けた今日この頃です。


子どもが家族にいないことを、不幸とか満たされていないって言う人って本当にいるの^^
不妊って言う言葉とか、それを悪いものに捉える人もいっぱいいる。
そのことがどれだけナイフを振りかざす言葉か知らない人は、いっぱい。
でも、その言葉たちは、彼らの安心のためにあることも知っている。
そして、その言葉のいたみを知ってることも、全然あり。
生かされる場所も必要とする人もちゃんといるし
手渡すことも役に立つこともちゃんとある。

無理のないかたちで、でも願いは離さず。

すべての人があたたかく、正しい形で癒されることが、わたしは好き。
正しく、ポジティブな思考を携えられることが、きっと一番好きな世界観なんだと思う。










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by arica_11 | 2016-06-15 18:31 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11