好きなことが自分を助けること

絵を続けていることで、恩恵も寄り添ってくれた。
お仕事とか対価とかを越えている、助け。人には見えないところでの底力。
でも自分の絵がもたらしてくれるだけのことであり
自立でもあったの。

そのことに自信がなかったけれど、今はちゃんと、そう言えるかな。

ライフワークがただ助けてくれている、それだけのこと。
心を込めて、誰かを傷付けるより助けるものであるよう願って
創っていたもの、
わたしは彼らのこと誇りに思える^^
ちゃんと返してくれていたんだねって、感謝できる。

子どもの頃は学費生活費をとても重いものに捉えていたので
それ以外は人に頼れないし、自分の力のなさを痛感していて、はやく自立したいと思ってた。
学生の頃はお風呂を沸かすことも我慢するくらい引け目があって、労働ばかりしていて
卒業後も自活しながら家族にお金を返してた。

けれどふと気付くと、自分は食べ物も我慢しながらお金を返しているのに
家族の方は全く困っていないし潤った生活をしているから可笑しくて。

労働は、我慢しながら必死にやるもの、稼いだお金は、苦労をかけた人に返すもの
となってしまっていたし
本当に好きなことを選ぶことは、否定と批判の嵐があるものというのを受け入れていた頃。
それらを乗り越えてなんとか自分の道を選んでも
恩恵は全て受け取ってはいけないという意識を守り、
お世話になった人たちからはずっと返すことを求められていて。

そんなもんかなと若い頃は思おうとしながら過ごしていたら
当然疲れてしまって。
そこにも「ほら、私の言った通りに仕事を選ばないからだ」という責めが上乗せされる、それの繰り返し。
なんだかすごいことになっていた。

今は、充分返した!相手の責任は相手の問題!だから自由にやるよ〜って
疲れすぎていたからというのもあって、身体の動ける範囲で、
自分のやりたいことをなるべく選ぶようにしていたら
自然と、絵自体が助けてくれる方法が、普通になっていた。

自分の絵が、ちゃんと助けてくれる道を、いつのまにやら選んでた。

人に頼れないなーと思ったり、今の家族に助けられているなーって思ったりしていたけれど
気付けば自分のしたことが一番、自分を助けている。
びっくり。なーんだ。
自分が助けられているから、人も助けられるんだろうし
また「支え合える」んだとやっと感じられる。

誰かを助ける発端ではなく、自分を助けるからそれが、人を助けるものになる。
それでもそこには自分を助けるよりも、人を助けたい思いが一番にある。
その矛盾を携えながら、自分を助け人を助ける目的を持って過ごすことの、喜びとか楽さを今
実感してるかな。
誰もが、自分の心がウキウキと喜べることを選んで、結果本当に他者のためになることができていたらいい。
それは人の気楽さと、成長の機会を奪うのではない方法でね。

わたしは気楽ではない方法だったことで、無理矢理成長させてもらった気がするので
楽ではなかったけれど、導いてもらった気はする。
もし最初から楽で、喜びしかなかったら
苦しいときの気持ちはわからないもの。
そちらを知られたこともまた宝。
わたしにとっては大事なことたち。

あ、でも人には辛い経験はしてほしくない!笑
だから自分の経験が今辛い人に寄り添えたらいいし
辛い経験を踏まないための役に立てたらいいと思うんだ。




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by arica_11 | 2016-06-01 16:20 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


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