みんなが光に包まれること

不謹慎と言われることだって、それが自分のわくわくへ繋がるなら
選んでいいんだよって
今の時だからこそ、みんなに浸透していったらいいな。

耐えること、我慢すること、罪に思うことなんて本当はさっと
手放していいことなの。
でも人はよく他人に言うよ、耐えることが当然でしょって。
その立場なら苦しむのが当たり前でしょって。
不足があれば、それは不幸せだよねって
ひとを笑ったりけなしたりもする。

そんな考えの方がずっとずっと不謹慎で暴力なのに
他者の辛さを解消させないで、逆に植え付けようとする手だって確かにある。

そういった思いに出くわしたって
強くまっすぐ、自分にとってのわくわくの方へ進んで行っていいの。大丈夫。
出会った壁はただ、
道というものには時々、まっすぐ進みにくい壁が立ちはだかっているもの であること
教えてくれているだけだと思う。
すーっとまっすぐ進めるばかりじゃないのが、きっと普通の道。
もしレールのように障がいなく進めたら、角を曲がったところで初めて見える景色は見られない
つまらない方法なのかもしれないし。

壁の向こうは何があるのかな?って
いつでも曲がって乗り越えて、
見えない先をわくわくしながら拓いて行けたら
楽しい。
選ぶ道は楽しそうな方ばかりなら、どんな壁も期待に変わる。

不謹慎と言って、苦しむのが当然と言って
わくわくを選ぶのを阻止する考えに出会いやすいのが、みんなが大変なとき。
それでもみんなでなんとか、楽になる方を選べる手を組んで
みんなで笑顔を求めていけたらいい。
仲間で、楽を、わくわくを選んでいけたらすごくその場は
強くあたたかく光ると思う。
誰かを押しのけて自分だけが光に入れば良いという考えに出会っても
その人はその人の光に包まれたらいい。
自分の上空には、その人とはまた別の光のドームがあるから
見失ったり包まれる価値がないなんて思わず、遠慮なく、
誰もがあたたかい光に包まれてね。




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by arica_11 | 2016-04-26 17:53 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11