次の道へゆく

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旧暦新年新月ことはじめの日に
ひっそりアトリエ&ギャラリーをプレオープンさせていただいた。
アートセラピールームにもさせていただける場所。
恩のある代々木八幡近辺のみなさまをお呼びして
感謝の気持ちを振舞酒にして。
とはいえー!みなさまからお気遣いをいただいてしまい恐縮しきりだった。

その人の母親への本当の思いを、わたしは貰うことが多い人生だった。
母親のみならず両親だろうか。
尊敬し、見倣って過ごしている場合でも
親から倣ったものは時にジレンマにもなり、その思いが
わたしの想像よりずっと大きく、人を構築しているのだった。
その事実に驚いたし、すこし悲しかった。

わたしのように目に見えるわかりやすい出来事があった方がまだましだったのかもしれない。
娘さんのように自由奔放な母、というのはある意味裏表なく
娘さんのような思考パターンなので
振り返ってみると紐解きやすかった。
こどもの頃のわたしは大人にならざるを得なかったが
罪悪感を受け入れる思考も同時に身につけてしまって。
一方で相手こそが悪者だとする、思考パターンもこの世にはある。
そう、そこに流れ着かなくて、本当に、よかったのだ。

こどもの頃に身につけた思考は、イラストレーションに特化するという意味では
大変役に立った。
この慣れた方法は、楽なのだ。無理がない。
それでお役に立てるならほっとする。
利他の精神が自然なものでそれはちょっと悲しい背景だけど、よかった。

人を悪者にする思考を日々受け入れていたのは
ストレスがかかると逆になることもあり怖かった。
しかしその土台には罪悪感があるので、最終的には決して他者は悪者にならない。
自分におさめて自分で解決できることこそ、至福でもあったのは
相当その方法に慣れ親しんでいたんだろう。

受け入れていた方は、他者が人のせいにする考え方、
他者の持つ「人が悪いからうちのめしていい」という考え方。
それの逃れ方が一番遅かった。
自分が悪いから何をされてもよしとなってしまいがちなのだ。
とても危険な思考を身につけていたと思う。

しかしそういったものたちが生まれる背景こそ、大事なものだった。

最初は調べ調べの背景観察も、今はすうっと腑に落ちるようになった。
わたしの背景も、人の背景も、どちらも同じように
受け継がれた精神があり、慣れてる思考がある。
その理由がある。
そのことの余りもの大きさを知って、改めて目を向けずにはいられなかった。

貰う分量と性質と
自分の反応の癖が作用する事象たち。
きちんと流れがあるもの、決して自分だけに留まらない。
人は繋がっていて続いていて、流れは一カ所だけに留まらないものなのだ。
自分の癖を取っ払えれば、そこには真実がある。
本当の出来事がある。
そこには一方だけの作用だけではない、ものすごく広い範囲の出来事が縦横無尽に絡んでいるのだ。

その癖と、真実こそ、大切な持ち物に換わる。
光にすることだってできる!

今は闇になっていても、ごちゃごちゃでも
たったひとつの光に換えることができると
イラストレーションを通して知ることができた。

こどもの頃から培った癖で、
それを多くのみなさまへ手渡すこともできた。

すべてが楽しさへ変わってゆき、
そうしたら元気になって発展が舞い込んで
助けられ支えられる。
動けるようになってきたのは絵のお蔭だ。

経験が教えてくれたことは全て感謝。どんな経験も。
ここからまた、新たに道ができる!

ドアを開いた。









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by arica_11 | 2016-02-10 00:59 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11