噛み合うこと知る

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こどもの頃、背が高く成長が早かったわたしはぐんぐん身体だけこどもから大人になってゆき
周りはその見た目の変化に付いていけなかったのか途中からこどもなのに飛んで
女として見るしかなかったみたいだった。
(架空のものだ)



そうして大人にとって、十代の女の子が言われたら恥ずかしいこといやなことをわざと言うのは簡単で
思い通りに少女を泣かせたり怒らせることもいくらでもできてしまう。
その思い通りの反応によって、大人は簡単に被害者になれ逆切れでき、
ストレス解消にはうってつけのロボット型少女人形みたいなものを作るのなんて
きっと簡単なことだったんだろう。
まさに制服のマネキンだ〜!
女の子はマネキンになることを選ばなくたっていいのに。
あの頃自分よりずっと大切なのはそんなことをする大人たちだった、
そんなことをしてまで大人が楽になってゆくのをどこか、良かったと思っていたのだろう。
そこまでする方法に対して驚いてもいたのだろう。
そこまでしなくてはならないなんてと絶望も、していたんだろう。
あの頃はいくらでも捧げて戻ってくるものにすがる程、渇望してさ。
こどもはこどもだし、女みたいな見た目でも、譲れないのにね。

架空のものとして扱う大人と、こどもとして扱ってほしいこどもの渇望は
全く相容れず、最後まで噛み合うことがなかった。
幼い頃噛み合うことが何か理解するのが難しかったのは、
噛み合ったことがなかったからでしかない。

今も少し難しいけれど
家族はもう、ストレス解消をわたしを使ってすることはないから
安心して、安心し合えるし
きっとやっと噛み合うとは何かを知っていってるに違いない。









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by arica_11 | 2015-12-21 20:53 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11