汀に辿り着いて

そう、孤独感と罪悪感とは
人に与えられるものなんかじゃなく、勝手に感じて広げられる自由なものなのに
ときどきそれらはうまく使われてしまって
感じない方がおかしいって二重に拘束してまで
手渡されたりする。
んーでも、もちろん手渡された簡易な感情なら、中身がないしつまらないし
感じなくて良いことなのだけど
人が持つ与える力は案外大きくて
それは行動も言葉も人から生まれたものは皆子どもと一緒で
また一方では子育てと一緒で
そこに命があるから、
粗末にしにくいのかもしれない。

それでもその生まれた子どもや躾の感情であるものを
壊して捨てる方を選ばなくてはならないのが
コントロールを理由に作られたものたちへの対処で

それらは毒で人は多量に摂取する必要はないのに
そのものにちゃんと命があり重みもあるから
やっかいなのだと。


孤独感も罪悪感も、自分で感じる分には詩情になって
素晴らしいものに思う。
まるでホメオパシーみたいに適量だったらきっと良い効果。

だけど仲間はずれやいじめなどの方法で
人に無理矢理与えられたら致死量かもしれないし
全ての人が毒を詩情に変えられる技術を持っていない。

でもそれらによって死んでしまう前に
辿り着ける世界があっても絶対いい。


きっと芸術や文学や音楽は、その汀を描き出してる。

簡単に卑怯な多勢になれる人は、その汀に辿り着きにくいけれど
簡単に1人になれる人はきっと、その場所にすぐ辿り着けるし
そこを見て一瞬で心を震わすことができるはず。

そして必ず生きることへ変換できるはず。

そうして変換したら、今までよりずっと世界は美しく変わってると思う。





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by arica_11 | 2015-08-17 18:02 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11