変換を

仲間はずれや否定なんかが気になるのは
1人 対 親しかった友達や親戚や仲間だった人全部 
というバランスを想像させるものだからかもしれない。

その行為によって、言葉によって、たった1人のイメージを持ってしまった人は
孤独感や、大切に思ってたみんなを一度に失うくるしみも持ってしまう
村八分みたいなイメージの中に入ってしまう。
そういったイメージ、孤独さと、自分が悪いからだと責任を感じてしまうことこそ
心にとってはすごく負担なのではないかな、大袈裟なことではなく
人に孤独感と罪悪感を与える行為は
危険な方法ではないかしら。

とずっと思ってるところがある。

だから簡単に「あなたは間違ってる、みんなそう言ってるよ」なんて言えないのだけど
すごうく、そういった言葉が最近世の中にあふれてるなあとも思う。

だからこそ孤独感と罪悪感を持ったときこそ
成長や学びのとき、良くなれるとき!と考えを変換できたらと願う。

心を強く育てられる機会でもあるって、すぐに持ちこたえられたらいい。

光は自分の中にしかないし、土地はいつでも見守ってくれている!

だけれど負担があることって本当に大変なものだ。
良い機会だなんて簡単に変換できるものではないのもわかる。

そのことを理解しつつ、それでも
視点を送り出していたいな。
大変だけど、いい機会であるというイメージの部分。映像を。















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by arica_11 | 2015-08-17 10:35 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11