栃木 もうひとつ

栃木の、過ごしたことのある土地での、ママ友いじめのこと。
妙に心にひっかかって(住んだことない人だって、おかしいと思うことだろけど〜)
それは、ただ気になるニュース、という範疇を越えて
ああ、そうか。知ってるからだ、声を。
と辿り着いた。

高校時代は好きだった。

そして中学校時代も好きだった。
今も繋がってる親しい友達がいる。
土地も好きで、ときどき行きたくなる。

だけどその15歳の頃
「この土地から離れよう」と家族に言って引っ越したことを
高校も遠い場所に自ら決めたことを、
あの頃思う以上に、たいへんなことだったんじゃないかと
25年後の今気付いたりする。

15歳の頃の自分はもう別の存在だから
大きな病気をして、すぐに受験があった年に
逃げる決断までしていたのか〜とびっくりする、その一方で
自由を選んだ最初の選択がそこにあったのだとふと思う。

幸い転勤族で、住む場所を選べる自由さがあった。

その土地に根付く先生や、PTAの偉い人の子であるクラスメートよりずっと
わたしたちは土地での立場が弱かった。
その先生には家族中クラス中がまいっていたし
クラスメートの笑顔の中傷も、もう誰もが十分に思っていた。

もういいかと
何も言わずにそこから離れられたわたしたち家族は
愛着のある土地は失ったけれど
今あのニュースを見ると、
それができることの大きさを思わず見つめてしまう。

いじめられただなんて全く思ってないのだけれど!
先生とクラスメートの言動から離れるために引っ越さなくてははならないと
切羽詰まったということは…
どれだけのことだったのか、とちょっと驚くというか
わー気付かなかった〜と
…苦笑する。

わたしたちの自由な引越は、それくらい、気付かずぼんやりした理由で決められて
よかったと思う。
けれども、その後「あなたのために新しい場所に引っ越したんだから」と家族から責められたり
未だに便りが続いていて
ただ自由を選んだだけの不具合も、たくさん知った。
その後は、むしろ自由なんて選べなくなって。
それくらい最初の自由の選択は、大きなものだった。

今は、自分には理解できない他者の言動の、裏側にある痛みを理解できる。
無理な息づかいを見つめられる。

わかるけれど、やっぱりそばにはいられない。
あの時わからないまま離れた妙な危機感は、やっとこさ出せた本能だ。
その本能は未だにぼやけているけど。。

高校時代を過ごした土地。あのニュースの土地。
そこでは大人になってから
中学校時代と同じしょうもないもの、
そしてそれこそママ友いじめと同じ成分に、触れてしまった。
だからもう、この成分は、自分にもある、民族的な面で北関東が培ってる
魂の?一部かもしれない。^^:

いいところもいっぱいある。
わるいところとして
周りと迎合することや、目立たないことを良しとしがち(暴力で抑えがち)で
目立ったことをする人、自分の意にそぐわない人を
(暴力を持って)排除しちゃうような性質があることや
それらが育まれる土壌と、
血が
流れてるということ
があるんだろう。
井の中の蛙。

だけど現代は自由だ。
自由に、動いて、選べる世界。
自由のリスクももちろんあるけれど、
自由を選ばないことよりずっと
手にしていいものが、独自の選択。。

だいじょうぶ、故郷は
胸の中に広がって残って
ちゃんと美しく描かれるから。

必ず描くからね。

いつでもそうだった。
何があっても土地は美しく記憶に残る。
その場所を愛おしく思い返せる。
景色の記憶はなんて美しいの。
なんて懐かしく切ないんだろう。

ってそんな風に故郷のことを思っていたら
武士の成分だってあるぞ〜!という気分にもなってきた。笑
北関東、がんばろう。



無理をしながら生息しがちな
わたしの中の成分も、彼らの成分も
絵の中に融けてしまえばいい。


















[PR]
by arica_11 | 2015-08-06 00:34 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11