本当の光は中で創るのだそうだ 栃木追記

夏は熱が強すぎるので思考には向いてないのだけど
追記。

自己愛=利己でもなく
利己=わるいことでもない。

だけど利己がわるく作用して、周りを巻き込んでしまうときの
その状況とは、
自分に不満があるのにそれを覆い隠して
満足していると信じ込む、「無理」によるのかなと。
その無理が、自分だけが利を得ようとする衝動を招くのかなと。

過剰な自己愛で防御するしかない思いが持つ、
利己という二つ目の防御。
内面の不満に向き合えず壊せない臆病さが
何重にも防御を施すきっかけなのかもしれないが
防御を攻撃に換え、更に内面を守ってゆくその様は
それくらい、向き合いたくない内側を持っているということなのかもと
ふと。

でも、誰だって、そんなのある。向き合いたくない思いはきっと誰にでも。
内面に向き合わないままでいる甘えは、
いい加減にしなくては。
甘えを他者が受けるのは大変なことだもの。

甘えを育ててしまう土壌は、外面の豊かさだったりして
それを壊してゆくのはきっと大変だろう。
美しい場所から、暗いじめじめした内側を掘ってゆくだなんて
きっと誰もやりたくない。

本当は土の中の暗い世界は、案外安心するかもしれないし
派手な明るい外よりも、気分よくいられるかもしれない。

だけど、ずっと明るく派手な外を望んでいたら
簡単に暗い内側へはゆけないだろうし
自分の苦しさを光で隠していた人は、
光を消してじっと目を凝らすことを更に苦と思うだろう。

太陽の光の届かないはずの内側の世界に
本当の光があることとか
暗く何もないように見える場所に
豊かな光景が広がってること
そんな夢みたいな真実を
きっと人はもっと、知っていいのかも。

栃木のいじめの土地のひとたちも
外側の光を重視しなくなったら
きっと楽になる。

自分でも書いていて内側の光を知ってるかと言われると簡単に答えられないけど
絵の世界に多くの助けを貰ったことには、似ている。
何も現実にはないはずの、内側の想像の世界の方から
真実を教えてもらったこと。

過剰な不満を孕む自己愛から派生した利己の、大きな大きな問題たちを
例え壮大なことだとしたって、絵の世界は
救えるものであるよう、取り組む。

テーマのひとつの「おとなのなかのこども心を救う」が
それらにも作用してくれたらいいな。

あれらは故郷の問題だし。
自分の原点の場所によくあった問題だから。





















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by arica_11 | 2015-07-30 18:27 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11