これを選べるのは強さなんだと、選ばれるものたちのこと

中学生の頃のこと。
その子はそばにいる人を試すのが好きで
中傷や侮辱を手渡して、反応を見たがった。
反応を見ようとするとき、いつも笑顔で
楽しくてしょうがないようだった。
わたしはその行動を見ても
勝手にやってればいいと、思うだけで
縁はここ迄だしと、鼻歌を歌って。
傷つきもせず、よくあることとして流してしまってた。

クラスのみんながその子から離れてゆくのに。

動じないことは強さだと思ってたな。

他の子たちは、「なんであの子と一緒にいるの?」と心配してくれていた。
「一緒にいることなんてないのに」いつでも受け入れられる方向があることを伝えてくれていた。

受け止めることに慣れすぎて
逃げることを弱さとして
自分にはなんの影響もなく
心は普通に保てると信じ込んで。

日常に起きてることを
おかしいと感じられる心が無かった子ども。

そんなことしたら彼らは自分の価値を下げるだけなのにって思うだけで
自分の価値まで下がるとは思っていなかったこと。
人の行動は自分とは分断されたものと思っていたあの頃。

人同士は影響し合い繋がり合って依存し合って
過ごしてるのに。

あぶないことを平気に続けてしまう子どもは
きっとたくさんいる。

川崎の少年も、岩手の少年も、すぐに逃げないことを選んで
いざとなったら強く出るし、ときっと思っていて、
でもその強さは、死を選ばせたんだよ。

まさかそのことだって、暴力が自分に与えた大きな影響だとは
認識してなかったと思う。

強さの方向が、死に向かってしまっていることを
悪いことに思えなかったのだと思う。

自分を客観的に捉えられてると、思って。
相手の行動の意味も理解した上で。
影響なんてとたかをくくったりして。
選択を誤ってしまって。

逃げることは弱さじゃなく強さが必要だし
耐えることは強さじゃなく弱さを持ってるからなのだけど
強さなんて、支えられて、しっかり土台が安定してるときにしか
発揮できないもんだ。

安定した強さを持つ子どもを増やしてゆきたい。。
強さを死の方へ使わせたくない。

あの子が母になっても変わってないとしたら。
そばにいる人を試すのが好きで
中傷や侮辱を手渡して、反応を見たがって
反応を見ようとするとき、いつも笑顔で
楽しくてしょうがない様子を
子を相手に日々の楽しみとして、試していたら。
そう想像できてしまう、人の変わらなさと受け継ぐものの凄さを
知ってるから。

耐えられて、平気を装える、周りの人の笑顔が大事である子どもたちの
優しさを利用してる他者の行為に、もし、気付いたら
わたしたちはどうしたらいいのだろう。


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by arica_11 | 2015-07-15 00:20 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


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