空に飛ばす風船の色を決めるわたしたち

書くのが楽しい時期なので書く。
それは整理にもなったからだ。
暴力という強烈な言葉を初めて使うことを許せて。

やっとそれを別個に区切れた。
その非日常の色味をわけられた。
溶け込んで紛れて、当たり前に馴染んでいた色が
とても異質なものだと感じられた。

こんなに平和からはほど遠い色なのに
なんて紛れたままだったんだろう。
それはわたしの分だけではなくきっと
彼らの持ち分もなんだろう。

暴力を、簡単に気付かずに、手渡せてしまえること。
まったくそれが人をえぐるように傷付け続けると知らないこと。
ほんのちょっとの出来心でも
おかしてしまった前と後では世界が全く違ってしまうのに。
これはわたしにも言えること。

わざとであるか、単なるミスであるかでも
大きな違いがあろうことであるこれらの
一番の問題は
わざと、暴力と知っていながら手渡し、
償わないことなんだろう。
このことがとても蔓延してるのではないだろうか。
例えばいじめや、嫁姑問題、職場や友人同士のハラスメントなんかにおいて。

しかし受け取った方にはきっと恨みはない。
経験や見解を与えてくれたありがたい思いにいずれ変わるのだ。
どんなに辛い思いをしたってそれは、知ってよかった人の心の一部だ。
どんなにえぐられ続けても、その痛みは知って良かったものへ変わる。
それは思いやりや優しさのお返しにいい思いをいただこうなんて最初から
思わないことが、人々のデフォルトだからではないだろうか。

だから勇気を出して、暴力を知ってゆくこころがけをこころみてほしいのかもしれない。
誰も本当には怒らない、返せなんて言わない、
だけど暴力とは本当はものすごく怒られて償わなくてはならないものなのだ、それなのに
それをしないで済むこの世界の優しさの
ものすごい色を知って、だから同時に
本当にあたたかい優しさの方ばかりを蔓延させたいなあとぼんやり思うのだろう。
償わなくて済む暴力を蔓延させるんじゃなくさ。














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by arica_11 | 2015-05-20 02:41 | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11