今此所を見てと絵は語る。

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このところとても安心して過ごせてる。
大切なものは心の中にあるのが、見られたからかな。
家族もニコニコして毎日しあわせ〜と言っている。
そしてしあわせはいくらでも湧き出せて、遠くにも行き渡っていくものだねと話す。
夏に行ったワークショップにより、家族も「見るのは自分の中だけ」と気付けたそう。
10月の末にも色のワークショップをやらせていただき、満員御礼だったけれど
多くの方が、安心は自分の中にきちんとあることを、見つめられるような気付きの時間を
あらゆる場面で持てたらいいなと願う。
最近読む本も、全て同じことが書いてある、今ここ を見なさいと^^

過去も未来も自分を侵せない。
対象もそう。
人も仕事も子どもも家族も。
答えは自分の中のもの。
たったひとつの意識に全てがあるの。

それを知っている中でも、いくらでも新しい出来事は起きる。
でもそれらも、このパターンを知っておきなとか、こういった場合もあるよという学びの機会でしかない。
こう来たかとか、なるほどーと思うけれど
その中でやっぱり特に心動かされるのは、自分じゃない他の人が傷付くのを目にしたとき。
目の前で人が苦しんだり怒ったりしてしまったら、その状況は改善しようと試みるし
それでも外部の媒体にいるときは手が出せないようなこともあり
そういった媒体に身を置く自分たちは、引き寄せとかの簡単なイメージだけでなく、つくづく「知りたい」のだと思うのだ。

人気のレストラン、人気の読み物、人気のアーティスト、素敵な表現、発信…
多くの人に感動を与えていると同時に、その媒体の表現方法によって同じくらい悲しい思いをしている人がいるなら
それらはどんなに良さを広めているようでも、産み出してるものはネガティブポジティブどちらの要素も孕んでいる。
そういった1つの媒体が産み出す両極端の効果についても、考えさせられるときだった。
もちろん自分の方法も含め。

犠牲を孕んでプラスを作るとか、気付かれなければ何してもいいとか
全ての人に受け入れられるわけじゃないと開き直るとか
そういう時代だけはもうおしまい。
これを得なくては幸せじゃないとか、これがないなら足りないという思考は
全然捉えなくて大丈夫のものたち。幼いこども心の持ち物*
すべてにある調和、バランス。スターウォーズでも言っているね*
どちらが善悪かではなく、どちらかになってしまうのでなく
善悪はいつだってどちらも同時に存在してるのかもしれない。
そういった両極端の存在をきちんと見て、判断したり思考したりできていけたらいい。

意識はただひとつ。思考も、対象から貰う思いも、意識を取り巻くあらゆる思いの粒。
どの極を見ても動く思考は生まれるだろう。
そういったばらばらに動く思考にまどわされるのではなく
真ん中の芯を捉え、理解していられる、そんなようなこと。
芯は自分自身のものでしかない。
そこにしか答えはない。

今ここに在る その可能性や平穏、幸せ、のびのびとした広い空間、制限のない気持ちよさ
あたたかいふとん、おいしいごはん、たのしい会話。
そういったものを見て。
といつも絵の声は語りかける。



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# by arica_11 | 2017-11-10 02:22 | nekkonoarika | Comments(0)

両極を知るチャンスでしかなかった。

大袈裟で嘘でもある脅し言葉の正当化は、「良い行いをした」という自覚しか残していないようだった。
大袈裟に言い過ぎている、脅すほどにまでなるその方法の、そのあまりいいとは言えない面は見ないでいられて、
自分は良いことをしたのだというイメージだけ、信じていられること。
嘘ではない少しは本当だとか、大袈裟じゃない正しい面もあると。
どう伝わってるかはそっちのけ、相手の捉え方が悪いと、
自分を正しく捉え、相手が間違ってると設定できる心。
人には色んな側面がある。
その一番前面で、大きなネガティブがあるという設定のみを人に強烈に手渡す方法。
側面の、今は大丈夫だよとか、安心できるよとか、心配しないで大丈夫は、その訴えには全く入らないこと。
とにかく一番前を見ないなんておかしいと、側面の可能性を考えることさえ、心配じゃないのかおかしいと責める要素となること。

そうして結果的に側面の方により真実があることが露呈しても
前面をアピールした自分は悪くない、側面を見なかった方が悪いのだと言い切れる。

そんな手法があるのだなあと、今は思う。
そんな方法や、それを産み出せる内面を見せてもらったのは、
素晴らしい出来事だったのかもしれない。
隠せる中身を、これほどまでに感じさせてもらうことはないから。
そんな凄い体験なのに、揺れてしまったのはまだ感情や思考が整っていなかったせいだ。

大袈裟な脅し言葉を聞いたのは、そんな方法には真実はないとただ、知りたかったから。
その欲求の答えも、合致すると知られた。
真実ではなかった答えも、間違ってない正しい行いをしたのだという言葉を聞いたのも
本当に現状起きていることの真実と、人の頭の中の真実のずれを教えてもらった出来事。
知りたかったから、すべて結果まで、その先まで教えてもらえた。

これほどまでに大きな両極を知るチャンスはなかった。
でも考えてみると全て、心に残る真実と発信のずれの機会は、
ただ両極を知るチャンス、自分だけの真実を知るチャンスでしかなかったと気付く。

経験はすべてありがたい。
見せてもらえてありがたかった。
思考と感情の調整だけが、自分にもたらされ宝となっていった。





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# by arica_11 | 2017-11-10 00:48 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


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