喜怒哀楽、光の額縁

c0326156_13302220.jpg

主人と旅をし、ずっと運転してくれたことは頼もしく24時間ずっと共に居るのはとても楽しく
想像を超えて楽しいも頼りになるも、人に、もたらしてもらうことがあることが
嬉しかった。

かつて人の突然の激昂に怯えて謝罪して譲って全てを手渡したことは、
先方からの優しい返答を戻した。
謝罪が返り、仲が戻って、一瞬の怒りはなかったことになる…というのを
親しみや愛情と見て。
そう、DVの構造だった。
そのとき最も親しく、信じ、大事だった、血のつながりも感じていた思い。。
本当に自分の意識は低かった。

つらい記憶も、光の額縁となるだけで、
ちゃんといつだって寄り添ってくれている、素晴らしい喜びのある世界を際立たせる。
見るのは光、ただ辛さは光との違いを教えてくれるために在るだけだった。

日常には光も闇もうっすらと同化し、人の激昂は自分の罪悪感を際立たせ、その後の謝罪は緩急によって安心に代わったりする。
本来の世界には、怒りも罪悪感も悲しみもなく
優しくあたたたい思い遣りに満ちた楽しさと、元々の安心をたたえているのに、
それを選ぶことを手放して、罪の意識や恐怖を選ぶことを良しとしたりする世界がここにはあったことを
随分と見ていない、開いてない被われた世界と今は感じる。
被われている世界を良しとする、そっちが本当だと言うような意識は、自分への暴力だった。
あまりにも本質からかけ離れた闇を、本質や真ん中と捉えてはいけない。

真ん中はいつだって光があって、優しくあたたかく、安心がある。
何があってもどんなに苦しい状況でも、頼りになって、楽しいものだ。
それこそが本当の世界であることを信じていい。
その世界に包まれて安心に浸って、かまわないのだ。








[PR]
# by arica_11 | 2017-04-12 13:28 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11
プロフィールを見る
画像一覧