<   2017年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧

ハートの時代と言う

c0326156_03005204.jpg
勉強の日々を過ごさせていただいてる。
ネイティブアメリカンの聖地へ行ってから、絵はより精度を上げて。
そうそう、シャスタという世界的に霊性を重んじるような場所では情報も多く
スーパーに3ドルくらいでチャクラの表があったので何気なく買ってみると
すーっと頭に入って、色と身体のバランスが見えるようにわかる。
そうすると絵の色の意味がより深まって理解できる。
旅は勉強に行ったようなものだ〜と思いながら、今月は不思議と更にこの面の勉強が進んでゆく。

胸の痛みと開放や、家族の分のルーツの痛みとストレス反応なんかがリンクしてわかり
解決したりしてるうちに
なんと5月24日はマヤ暦ではハートの時代に入ったとされている なんて情報も得た。
そして新月を迎え、公園でのイベントなども予定しており…

公園で行おうと思った理由は、とにかく胸の窓が開き、風が通るからだった。
c0326156_03012695.jpg



c0326156_03182000.jpg
ハートの時代は
それまでぐうっと胸を閉じていた方や、愛情不足や孤独への不安を感じていた方は
開放迄ノックの時間もあるかもしれない。
開くのには痛みが伴い、それ自体は楽になることではないから、安心へ進む方法にも開かないことを選ぶ方もいるだろう。
だけど楽になること、安心することを、新しい価値観を受け入れて選ぶか、受け入れない方法で選ぶかは、自由だ。
そしてそのどちらも誤りはない。
全ての選択に、その方にとっての幸福が必ず寄り添うだろう。

それでもわたしはハートが開放された時の、風の気持ちよさや、あたたかさ、安心を
多くの人が感じる世界を願いたい。自分も含めて*
c0326156_03025894.jpg
女性のひとつのサイクルと言われる7年という時間の、前回分は、まるまる勉強だった。
ずっと書いている、起きている事象は自分の心の中の投影であることは、最近ますます理解が深まった。
相手に対して恐怖や怒りを感じるなら、それは自分の中で知っているそれらを、相手にくっつけて見ているだけだということ。
自分の中からそれらの感覚をなくせば、何も起きないこと。

今迄の世界では、多くの他者の怒りや困難を受け止め、安らぎを与える気がして言うことを聴いていたり
わたしも、家族へは甘えて、同じく安らぐような気がして怒ってしまうこともあった。
しかし人から貰うネガティブも、自分が人に与えるネガティブも
全部そこには自分の感覚しかなく
貰うものは何もなく、与えるものだって自分へのものでしかない。
安らぎのために怒りを使うなんてあんまりなことだ。

他者の怒りや困難は完全に他者の中のものだし
そのことで動じたり恐怖を感じたり罪悪感を持つのは、完全に自分の中のものだ。
結局一本の強靭な安定軸が通ってないことが揺らぐ原因になる。
安らぎとは動じない心に通る芯のものなのだ。

そういった展開図と、心への理解が随分と深まったところで、心の時代に入ったというのは
ますます、大切なものを信じられる。

大切なものは、とても単純で、とても個人のものだ。
そしてその固有のものを大切にすることが、人をも大切に守ってゆく。

他者の分を自分が解決するとか、自分の分を誰かに解決してもらうなんていうことが起きてる空間にはもういない。
そのことがくっきり色分けされて、確かに、ここ数日で新しい空間になった気がしている。

追伸
今日知ったこと。ブラックホールは光も闇もすべて吸い込んで、光に変える(光を吐き出す)のだそう!
公園でやろうとしてたことリンク?✨
c0326156_03145820.jpg






[PR]
by arica_11 | 2017-05-26 02:22 | nekkonoarika | Comments(0)

戦いを止めること、こころを守ること

五月のチュプキさんのラインナップは、紛争の起きている地域のドキュメンタリーが多く…

これらの映画に、音声ガイドを付け、特別な字幕を付け上映されている
チュプキさんの心意気には改めて、頭が下がります。
紛争の今を生きる、市民の人たちはこう言います。
「悲しいけれど、怒りは返さない。それをしてしまうことは、同じ方法だから。
とても悲しいし忘れられない、だけど、怒りはない」
そんな風に。
強制的に攻撃や暴力を受けながら、自分たちからは返さないことを守り、
戦いを止めることを、何より大事に誓って過ごす、多くの人たち。
東ティモール、シリア、その他多くの現代の国々…
赦しとは、相手へ返すものではなく、苦しみさえ受け負った自分を赦すことだと言います。

どんなに力を受け取っても、多くの犠牲者を見ても、自分がそれらを請け負うことを赦し、
そこで暴力を止める気概を持ち、過ごしている人たちを、映画を通して見つめ

わたしたちの世界でも、それはいつだって持ち合わせていい気概だと
深く理解するのです。

わたしたちがネイティブアメリカンの聖地へ行けたり、ネイティブアメリカンの方に出会えたり
縄文文化の跡地を日本中追いかけていたり
アイヌとのささいなつながりもやたら多かったことは
(幼い頃からニポポ人形があったことや、卑弥呼という会社ではカムイとピリカというブランド名称が採用されていたし、辞めたときに最初に行った場所が阿寒湖を含む北海道横断だったり
チュプキというアイヌ語の映画館やアイヌの姉妹を描いた映画と出会えたことなど…)
それら古代から伝承された文化が持つ精神を、
わたしたちもチュプキさんも受け継いでいるからなのだと
今は信じられます。
たいしたものではもちろんないです。
あるものを利用し、多くを求めない…そんなもんです。

だけど大切なことには、大きな心やエネルギーを注ぐように
光ある場所を構築し、人々の平等なつながりを大切にまもる共通の認識を持つ方々に囲まれていると
皆が同じ思いで過ごせてる現在が
実際にアイヌや縄文、ネイティブアメリカンの守ってきた集合意識とも共通していて
古の願いやこころは今もずっと風の中にあるんだと、心底感じられます。

日本ではもうすぐオリンピックだけれど
そんな古き良き心意気こそ、これからますます豊かにしていってよい分野であり
誇りにして良い、多くの日本の人々の精神に根付いている想いなんじゃないかな。
大事にしてゆきたいし
大事にしてゆきましょう。

c0326156_20415076.jpg



c0326156_20411770.jpg



c0326156_20415793.jpg



[PR]
by arica_11 | 2017-05-15 20:42 | nekkonoarika | Comments(0)

進化と回帰をくりかえしながら

c0326156_20400559.jpg

旦那さんにHPを少しずつ作ってもらってます。
遠方とのご縁は、こちらに記すとし…

ここはネッコノアリカプロジェクトのままかな^^

下記、見えるのかしら。



5月は、寒暖の差が激しくまた、寒い時期から暖かくなる季節なので
体調がなかなか整わないものです。
ゆったり休める事がとても重要な季節かも。
c0326156_20404764.jpg
のんびりしてると、明晰夢をかなり見ますね…
とても綺麗な水と緑のある、旧道のある麓の町から古い路線バスに乗ったり
イヤーコーニングという古代からある儀式を夢の中でやっていたり(そんなのあることも知らなかったのに)
今日は知人に夢の中で治療もしてもらった〜笑
彼はメディスンマンだったんだ〜!と気付いたり^^
c0326156_20412155.jpg


もう最近は必要なものが目の前にやってくるような流れで過ごせているので
時間があるときもないときも、その必要性が見られるし
必要ないものはすぐに取り替えられるような、そんな時代になった気がします。

アメリカで行けたフォート・ロックは、帰国後に人類最古のサンダルが出土した場所と知り
そのサンダルの形はまさにわらじで、日本の技術とも同じ。
オレゴンで見つかった古代人のDNAは、日本のアイヌ人と同じだそう。
縄文文化とアイヌ、そしてここ数年ずっと縄文の縁の地を巡ってきたことやら
アイヌの姉妹の映画「カピウとアパッポ」がチュプキさんで公開されたタイミングとも重なり
ひとつ、旅は自分の求めていることの集大成にもなった気がしました。。


c0326156_20432689.jpg
c0326156_20443801.jpg

昨日は放送大学をなにげなしに見ると、
心の傷が痛むときは、体の傷の痛みと同じ脳の箇所が反応すると知り…
身体と同じように、心の傷だって時間をかけ、傷が元の皮膚に生れ変わる時間のように
筋肉が再生するのに時間がかかるように
時間のかかる治癒が必要な理由を知りました。

ちょっと前の日記にアクセスがあったのを見ると
そこには母子一体感というのが書いてあったりして(忘れてた)
そこに加えもうひとつ、「特別意識」というもののことも、最近学んで。
特別意識を持つ人が、自分の思いと少しでも違う考えを得た時に
相手を攻撃するGOサインを自分に出せてしまうということなど。

またアドラーの共同体感覚なんかも改めて勉強し直したり。

人に対して思うことは全て、自分の中の持ち物の響きであることも
改めて最近、理解を深めてます。

恐怖とか罪悪感、怒り、悲しみ、自己否定、無価値観なんかを
人を通して感じた時、
それはあくまでも自分の中で鳴り響いた音を捉えてるのであって
人の行動は関係のないものであること。
人は鳴り響くきっかけであるだけであり、自分の選択が音たちを肯定してるということだと。
一回ではなかなか理解しにくいことでもあるかもね。。

怒りとは、自分の中の無価値観や自己否定を覆い隠す蓋の役割とも言うそう。
見たくないものを見ないでいるために、他人に怒りを発信して、向き合わない。
人にネガティブな面を発信するのは、自分の中に、
目を向けたくない向き合わないものがあるという証明でもあるそうです。

感情はすべて自分の思いだからこそ、選択であるからこそ、
人に対してそれらを出すことは全く解決にはならない。
自分でそれらを手放すことを選べる世界へ辿り着くのが、叡智というものでしょう。

勉強の日々^^

ただ
特に小さな頃から人から「あなたのせい」「あなたが悪い」と言われて育ってたりすると
他人の揺れは自分が受け入れて解決するものという意識が日常になります。
痛みだけは、きちんと脳で反応して
受け取りすぎれば病気になったり、動けなくなったりの反応が起きるのに
その脳の痛みも、身体を蝕む傷も、全部ひっくるめて当たり前の日常になるから
手放せることに気づくだなんて、本当に困難です。

それらをずっと受け取って来た傷を持つ人こそ、
他者に同じものを受け渡すことが肯定できちゃいやすいのでしょう。。
大事なものが、自分の特別意識やら母子一体感やらになっていて
共同体感覚なんて経験がないから、ないも等しく。

そういった、経験なく知らないことだって
学べれば。
それがどんな方法だとしたって、結果は期待を裏切らないのではないかな。

実践とともに学べたこの数年は、
日々進化と、回帰の連続です。

みなさまへ渡せるものを増やすために!

楽しみながら、勉強できてる気がします♪

c0326156_20531313.jpg













[PR]
by arica_11 | 2017-05-13 21:00 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


by arica_11
プロフィールを見る
画像一覧