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はじまる

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10月6日の牡羊座満月のあたりから、ぐーっと環境も変わって来て。
太陽月水星牡羊座なので、何か影響あったのかな?やたらイケメンから連絡来るのどうしてだ笑

その日より、講師のお仕事もはじまり。
やっぱりとても楽しかった。みんなの内面も表現も、どちらも見られることが増えていて。
これからが楽しみ。
来週は急遽、中学校でも教える機会があり
個人から、また再び社会へ戻って来た感も。

数年ぐうっと個人にクローズアップしていたし
一人一人に向き合い解消や発展を選べることは大切に思っていたから。
だけど、もしかしたら今まで見させていただいた方はもう
ステップアップされたのかも。
段階を上がられて、ご自分の本質の向かう道にまっすぐ進まれているのかも!

そんなみなさんの変化が確かにあるからこそ、個人の時代から
より多くの人と関わる社会の方へ
戻らされてるような、気配を感じる今。
そして更に、ここ数年はほぼ関わることのなかった世代で、一番気にかかっていた
十代や、二十代前半の方達に携わるように変わっている。

今は、わたしもそうだけれど、みなさんも
自分の大切な思い、大事な気持ちが、自分を取り巻き支え、共に歩んでゆける世界観こそ
選んでいってほしいものに思っています。

前回の日記、非公開にしちゃったけど
自分を大切にしない方法で、人に自分の心身を委ねて
成功したり実現する人も、もちろんいるのを知られているし
それを自分が望んで、楽しめているなら、そのままでよい…とはいえ
他者まで巻き込んで傷付けたり苦しめたり、思い遣りに欠けた方法をとった上で
楽しんでいるのなら
その心の方は、わたしは、循環させたり広げたり培ったりはしたくない。

人それぞれ、だけれど、
自分は、これを選ぶ、これを選ばないという部分の確かなものを
理解することだって、とても大切な人生に寄り添う意識だと思う。

自分は成功を選びたいけれど、周りは傷付いてもいい とか
まわりが苦しんでも、自分は喜べるからいい
という感覚も、ただその感覚をこれから本人も経験するだけだから
ずっと人にしたことは、自分も経験するという流れがある中で
自分が傷付いたり苦しむ方を自ら選びたいと思ってる人が
多い世の中であってほしくない
というエゴがある。

時にわざと苦しみ傷付きを選んで「マゾだから」と言ったりするけれど
どうかな? 
その方法しか知らないだけではない?

楽しさ楽さ、喜び、共有、安心。そういったものを選んだって
ちゃんと幸せになれることを、特に若い人には知っていてほしいの。

わたしたち世代は、時々この選択ができない。
わたしもだけれど
小さな頃から培って来たのが人助けや我慢、努力根性、犠牲だったりすると
楽して喜べるなんて、選んじゃだめでしょうと思ってしまう人
とても多いの。

だからこそまだ選択を多くしない時期の人たちに
犠牲や苦しさを選んで、すさんで、人を傷付けても平気な人になるような流れが感じられるなら
修正できたらいいなと、思っています。

わたしたち世代にはできなかった、若い頃の修正。
けど実際は年をとったって、記憶や意識に囚われず、真ん中の芯の意識を整えてゆければ
過去も未来も変化させることができるのも、知っている♪

yufuで、決めた願いは。
実際外部にさえも広がったけれど、
yufuではより一層、真ん中の本質だけにクローズアップできるような
心地よい人間性と環境の強化ができるような方法を、培ってゆきたいです♪
(書くと叶うから書いた〜^^)
さて、どんな風に進んでゆくかな?楽しみ!



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by arica_11 | 2017-10-08 14:29 | nekkonoarika | Comments(0)

こどもごころへ残すものとして 罪悪感の扱い方について

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「こどもたちの心を無闇に傷付けないこと」として
不安や恐怖心や罪悪感を無闇に与えないこと
は、
とても重要な意識であると思う。

お母さんが亡くなったあとも家族を見守っているという絵本がある。
お子さんがお母さんのパンツを穿くシーンがあって
子どもの心の扱い方や、傷の扱い方に違和感を感じて。
親が亡くなった子どもの持たなくていいのに持ってしまう罪悪感に
目を向けていないからかもしれない。

絵本は子どものためのものだけれど
それを読んだ子どもは何を思うだろう。

母の立場だと、その物語は未来の茫漠とした不安が癒せて安心を得られるかもしれない。
子ども達は、未来の広い広いこれからの世界に、お母さんの死の可能性がぽとんと落とされ、いなくてもお母さんはいるというイメージが先に押し寄せ
パンツは癒しになるかもしれないイメージがもたらされ
悲しみに対して混乱する気がするし、本当にそんなことになったときは更に追い込まれやしないかと。。
何か、良い話やイメージのようで、死の扱い方に、違和感を覚えてしまって。

遺品の下着を整理したことがある。

下着は簡単に扱えるものじゃなかった。
本当に、亡くなった方の魂くらいに重要なものだったの。

絵本は創作でしかないけれど、
全ての人の魂の扱い方が、罪悪感や悲しみの扱い方が
見守りと癒しでただ片付けられるには、
簡単すぎて辛かった。

わたしたちは確かに大きなものに見守られているし、実際に死者はそばに寄り添うというのもあると思うけれど
そのイメージは、真っ先に悲しみを癒すとか安心する方へは結ばれない、先に
大きな波が押し寄せ、いたみが湧き起こり、わけもなく罪の意識に駆られるからこそ
整理に時間を必要としていい。
昨日まで元気だった人との別れなら尚更だ。

その整理の時間とは、笑いや安心や簡単なイメージで癒す時間でもなく
とてもじっくり静かに腰を据えて、ならしてゆくものに思う。

こうなったら、こう、とイメージを与えてしまうことが、大きな暴力にならないかと心配になる。

こんなときはこうでしょと、決めて、笑いさえ差し込む提案は、強烈すぎやしないかな。。

この物語が子どもの元に届いたときの、その一方的な、大きな人からの力が、
子のその後の人生に大きな痛みとなって残らないか気にかかる。
大きく広めてしまってる大人の責任はないかな?
未来に生きる今の子どもはだいじょうぶかな。
作家さんは、他の作家に嫉妬されていると書いていたけれど、きっとそうでなく
ただ、他の作家さんは子ども達を心配しているだけな気がする。
今の心、未来の心どこをとっても。

大人が子どもたちの文化を通して安心や財産を得るとか自分たちの不安を癒すような方法ではなく
大きな人だけの世界でそれらをできるようにならないと、子どもへ負担をかけてしまうね。

これから、子どもたちが大人からもたらされた強烈な力のことは、ずっと見ていたいし
また大人の無意識の安心への欲求や
無意識の子どもへの力添えを
気を付けてみてゆきたいと思わされた、
このところの世の中のこと。









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by arica_11 | 2017-09-16 08:58 | nekkonoarika | Comments(0)

サポートはストックからはやってこない

加速している実感は常々感じていて。
先日リバーフェニックスとマイケルジャクソンの誕生日のあたりに
決意していたこと^^

こどもたちのこころの傷へ目を向けること。

それをしっかり見ていこうと思えた次の日に、
それができるチャンスをいただき。。
まだチャンスなだけであって、決まるかはわからない。
けれど本当にこどもたちに触れる機会を、
いただけるお話だけはすぐに!やってきてくれた。
たった一日で。

現在あるところでスターウォーズに関わっているのだけれど
今日エピソード5を観てみたら
まさにいつもみんなで感じていること、考えていることがテーマとなっていて。
ヨーダの言葉、ダースベイダーの言葉、ルークの反応…
どれも本当に今はすべてよくわかって、深い。
世界はフォースで繋がってると言うヨーダの言葉、今はよくわかる^^

基点がしっかり立っていると、サポートもしっかり受けとれる。
わたしもだんだん立てられると同時に、サポートも充分に入るようになってきた。
それはでも全て、絵が、いや自分のこころの在り方が創ってくれている。
自分自身が助けてくれるだけでしかない。

そんな、絵のような願いを具現化する存在はみんなにも必ずある。
必ず助けてくれて、サポートを入れてくれるもの。
自分の課題を教えてくれるもの。
それは同時に何よりもの喜びになるものだ。

たったひとつ、このことを知っていられる信頼こそ
道を創る。

そしてサポートや直感はやっぱり、自分のストックからはやってこない。
想像もできない方向から、入るもののよう。

いつも本当に驚かされてばかり。


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by arica_11 | 2017-09-06 22:17 | nekkonoarika | Comments(0)

9月のための考察

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メサイアコンプレックスによる、自己愛過多の問題や特別意識が引き起こす問題、認知の歪みなどは
幼少期の出来事に起因することもある。
7年周期、8年周期というなら一番最初の部分。
更に遡って、やたらハードボイルドになってしまう幼児等は過去の感覚を引きずってる…ということもあり。。笑
友人はタバコを吸っていたら、2歳の子に、「タバコですか?わたしも以前吸っていました」と言われたそう〜。
2歳〜笑
まあ、それは余談だけど、
とにかくやたら高圧的になったり人を否定したり、自分が教えてやるんだという意識に駆られてしまうのは
子どもの頃、同じことをする大人が近くにいた可能性がある。
押さえつけられコントロールされた自己があった可能性がある。
人の中に問題があると決めつけて(実際は問題がないのに)、
自分の方を承認させる行為がメサイアコンプレックスだそう。
言葉がそこから放たれているようなことは
本人も周りも気を付けていいことである。
わたしも気を付けている。というかそもそも他者の方に問題があって指摘する行為に走ったらおしまいに感じている。
それは「自分の問題に蓋をした行為」だと知ってるからかもしれない。
人への敬いは、必ず側にある。

世界にはそんな偏りはない。
偏見も、差も、上下関係も、ない。

誰もがすんばらしくて(カホコ)、誰もに目的があり、
自ら選んで課題に取り組んでる敬うべきところがある。

人がはかる感覚は貧弱だ。人の物差しではなく、どれだけ本人が課題を課したり選んでいるかの真意を見られたら、大きな課題を持っている人の方が、かっこよかったりする。

それらさえも言い訳だ、バカだ、偽善だなどと言う人がいたら
その人の育ちの上に、それと同じ言葉が寄り添っている、その世界観を見よう。

人をやたら間違ってると言ったり、人の体の状態を否定したり
こうであるべきと押し付けたり、こうでないから可哀想と憐れんだり
自己の位置が常に人より上にいるような感覚を持ってしまってるのであれば
気がつかないと。
それは偏見であることを。
エゴであることを。
エゴが暴走してしまうのは、エゴが暴走した人しか周りにいなかった幼少期があったのかもしれない。
その暴走を、肯定するしかなかったほど、支配されていたのかもしれない。


そうそう、過保護のカホコ、うちかーいっていうくらい
根本家。
わたしも親戚を繋ぐために奔走して、絵を描いていて、家族の問題に駆け回ってた。
過保護の逆でずっと働けーという居場所だったけれど。
カホコの服の色で、その回の課題がわかると思う〜
ああ、色戻っちゃったとかさ^^






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by arica_11 | 2017-09-03 07:01 | nekkonoarika | Comments(0)

今後のアトリエyufuの中心テーマは

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今月新月の次の日、8月23日はリバー・フェニックスの誕生日でした。

なんかその日にイベントやれ〜という気がやってきて、
一週間前に突然計画立て…
ずっとやりたかったジェダイ☆ナイトを行いました^^

ジェダイは、スターウォーズの笑。リバー関係ないのだけど。
でもね、ハリソンとリバーはお付き合いがいくつかあったよね。

そう、アートセラピーをさせていただく中で、普通の主婦の方でも、特にボランティアをされてない方も
無意識に戦地に優しさや願いの力(フォース!)を送り届けていたり
周りの人達を守る意識を送っていたりされてる方に多く出会えていて、

わたしはもう全ての出会った方が、ジェダイと、感じるほどで笑

その送り届けてる力や、自分の気付いていないお持ちの力について
明かせたらいいなあと、絵を描いて頂くワークショップを開催したんですね。

その時集まってくださったみなさんの共通のテーマは、
教育だったんだなと、今思い返して、思います。

ちょうどホピの平和宣言が中心にあり、その中の
闘わずして、闘うすべとして、
絵や写真、言葉、思想を使って教育できることという箇所がリンクして。

みなさんのお仕事や気持ちにはしっかりと、大人の中へも、子どもの中へも
心を整える教育ができる環境と、力が備わってました。

フォース(良き力)を教育への意識に使うことを、土台にするのは
今後の人への投げかけややりとり、自分の生き方を見つめる際に、
どっしりと安定した想いを据え置くための
礎になると感じました。

今回のジェダイは笑、そんな力を備えた方達として集まれた事は
とても嬉しく、
みな不思議と体が温まって、本当に楽しかった!

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そして
この23日のイベントが終った後…

なぜかわたしは明晰夢をたくさん見て。

その中で、深い深い忘れていた場所で蓋をしていた意識にも会えたのだけど
それはあんまり見たくなかった感覚で。。
けれど必要なのはわかるから、より掘り下げると
時に、上には上がらずに、とどまって知れと、言われるような気配。。

しばらくずしんと、気持ちを見つめる期間を通って

29日頃になって、リバー・フェニックスもマイケル・ジャクソンも
児童の頃の傷に一生をコントロールされたんだなあという意識がやってきて

子どもの頃の、大人によるハラスメントや、要求、依存、期待によって
得た子ども心の執着と、傷の手放しこそ一番難しく、
目を向けていたい先だと気付けて…。

まるでそれはハリソンとリバーの共演の、モスキート・コーストという映画の終わった後の世界みたい。

児童虐待に目を向けたいのかと気付いた日、29日が
マイケルさんの誕生日でした。

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児童虐待は、日本でも年々増えていて
過去最高を更新し続けています。
虐待経験は問題を起こさせ、人生を蝕む種になります。。

その流れや傷が、目に見えるからこそ。

傷みを手放す方法の支援は、今後もっともっと携わりたい。

アートセラピーのお仕事のテーマには、今後
児童虐待の傷から脱却や癒しがテーマになってゆきます。

この信念を得られた日が、リバーの誕生日からマイケルの誕生日までの期間だったことは
彼らを、天使の気配として感じさせてもらえるような
心強さでした。

よし、9月がやってきます。









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by arica_11 | 2017-08-30 00:13 | nekkonoarika | Comments(0)

自分の中の輝きを信じていてね

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日記を別の媒体からコピペすると、字間とサイズが変動しちゃって
ときどき変なデザインになってしまいごめんなさい。
フェイスブック日記と連動した記事もいくつかあります!

さて、今夏起きた実証とは。

とある場所で、エモーショナルブラックメールという
心理的脅迫を用いた言動が発信されていたことに端を発します。

エモーショナルブラックメールとはこちらに詳しく…。


最初は誰もが気付かず、むしろ評判がよい発信として
皆がその言葉を参考にし、信じて
その発信のある事業への興味も増えていた矢先。

公共の場で、また箔の付いた場所で堂々と正当化されると、
それが脅迫や支配でも最初は皆が信じてしまって…
危険な状態はかなり蔓延しかけていたのではないかな。。

だけど時とともに、多くの人がその発信の本質に気付いてゆき
おかしいとなって…
その発信を止めさせた。。

止めさせるには多くの人の力の結集が必要でした。
そう、1人の提言ではだめだったの。

ネットという大きな媒体で、多くの人に発信されて初めて、
気付く人が集まることができて
止めることができた。。

わたしは昔この発信に1人で対峙して受け止め苦しんで。
離れるまではできたけれど
止めることはできなかったことが、ずっと心にありました。
だからここでも書いていた。

直接批判をすれば何倍にもなって返ってくるし
また、批判は脅迫と同じになってしまうから。
できることとして、その発信の背景をたくさん読んで、学んで
なぜそんな発信が起きてしまうのか、心理学を学び
良い悪いの判断を外してゆき、
慈悲の気持ちを育み。。

たとえ心理的脅迫を目にしても、受け止め飲んで返さずに、
自分が他の人に同じことをしないことと
受け取った人が苦しみを外せる方法をお渡しすることに
奔走した数年でした。

結果的には必要な学びで、経験で、
心理的脅迫は対峙できてよかったことにはなりました。
ただ対処法を学びその方法をまた人へお渡しできても、
発信が暴走してゆくのを止められていなかったことに対して
なんとかならないものかとも、ずっと考えていました。。

1人の力でできることに、記述したり記録したりがある中、
大勢へは気付いてとも伝えられていないもどかしさ。

でも自分がやらなくても大丈夫だったの!

きちんとそれは、多くに広まる最終段階の前に、止められていた。

そのことは、願っていた世界にほんの少し
歩みを進めることができたと感じられる出来事でした。

自分にとって危険なものはちゃんと、多くの人の元でも同じ感覚を作動させ
気付かれないことなく、消すことができる実証が、得られたこと。。
それは
みなさんのところでも、辛いこと、悲しいこと、怖いことを
ちゃんと消すことができる世の中を構築できることへの実感でもありました。

それだけの繋がりと底力が、わたしたちにはある実感を、
今夏がもたらしてくれました。

どうか怖がらないでいて。
罪悪感や無価値観を動かされなくて、大丈夫なこと
信じていてほしいです。

わたしは今回のことで、ますますみんなは守られると信じられました。
自分が守られたからこそ、小さな範囲からでも守る気持ちを送っていれば
つながってこんな大きな範囲が守られることを実感できたから。

心理的脅迫は、不思議と普通の社会で蔓延してるものでもあります。
学校で、会社で、家庭で、社会で。。
「君はぼくの言うことを聞かないと、絵が描けなくなるぞ」と交際を迫った人もいたし
「今すぐお見舞いに行かないと大変なことになる」と人の体調まで利用して思い通りに支配しようとする人も。。

もちろん、心配も不安も恐怖も、持たなくて大丈夫なことばかりだけど
こんなわかりやすい方法でないものもたくさんあります。

だからこのエモーショナルブラックメールは
今夏の公共の媒体での発信のように、みんな最初は信じて鵜呑みにしちゃうことも多く。。
自分の悪いところを教えてくれてありがとうという風にも、解釈を導けちゃうほどのものです。

だけど、誰もが自分の中にある大きな力に、照準を合わせていれば。

恐怖心や心配を動かそうとする力に、びくともしないで
そのままの今を肯定できるのではないかな。
だって誰もが、今がベストで、ベストな経験をしてるのだもの。

君のそんな状況がベストなの?と笑う人がいたら
エモーショナルブラックメールを思い出してね✨

足を引っ張る人へは慈悲の思いと感謝を。
経験は豊かさの積み重ね。

ただそれだけのこと*
自分の中の輝きや素晴らしさを、ただ信じるだけの、今が在る、
人生とはそんなものなんだと思います^^














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by arica_11 | 2017-08-12 02:28 | nekkonoarika | Comments(0)

コトバのこと。


コトバのこと。

人から貰ったコトバに揺れるのは、

自分の中に無垢な頃はめてしまったフィルターから映写して、世界を観るから。

幼い頃選んだそのフィルターに気付いて、外してあげて

中にある純粋な力に気付いてあげる。

外側を恐れない、不安のない、好奇心だけでずんずん進めた頃の。

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すべての人が中には大きな力を持っていて、使命や目的もあって

かっこいいし、荘厳。

そのことを信じていてね。

中を信じてない頃に、人からのコトバを信じてしまう。

(わたしがやってたこと)

特に「あなたはこうじゃない?」とか「みんながこうしろと言ってるよ、そうしないと大変なことになるよ」とか「おかしいよ、間違ってる」というような投げかけは

どんなに打ち消してもどこか不安に捉えてしまいがち。

他の人に確認したって、まだまだ足りない。

それはコトバにも、ちゃんとエネルギーも命も目的もあるから。

そのエネルギーより、自分の中のエネルギーや目的を信じて

外からのエネルギーに揺らされず

ずしんと地に杭を打って、中からは力が湧いてくるような在り方を

整えてゆくのがたぶん、ここでできること。

力だけでなく、願い(目的)も見てあげることもポイントかな?

下を整え、上も開くイメージかな。



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みなさんには、どんな願いがありますか?


世界へは、どんな願いがありますか^^


その願いが、世界の人を笑顔にするものだったら、そうじゃないものよりわたしは嬉しいな。


いろんな目的の叶え方があることも添付しながら。しいたけ占いさんのtwitter添付させて頂きますね。

(対処法として役に立ったらいいな、使い方よりも)

https://twitter.com/shiitake7919/status/883608791022878721


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by arica_11 | 2017-08-07 20:00 | nekkonoarika | Comments(0)

選ぶ方は。

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気が抜けて、あたまがふわっと抜けたような数日。

ネガティブは、もう完全に切り離していい信頼を持てた。。

あなたのため、心配だから、あなたも心配に思うのが当然と
人を動かそうとするネガティブな言葉は、完全に離れて。

自分の中にその投げかけによる、恐縮も、不安も、罪悪感も、動かさなくて大丈夫。

ここがこんなだから、あなたは悪いという投げかけはとても危険だよ。
心配をあおって、依存を導くし
恐怖心を利用してしまう。
それよりも、
ここがこうなったのはこんな思いがあったからと
思いや状態を救い出して、肯定してあげていい。
良い悪いと判断するのでなく、ただそうあるだけのこと。
そのことに気付いてゆくこと。

自分の中の信頼を、しっかり捉えて、
大丈夫を、信じてみる。

そんなの病気だったらどうするの?などという不安も、外していいと思う。

不安感やストレスの方が、ずっと危険ではないかな。
安心や喜びの方が、ずっと健やかにさせないかな。

わたしはもうきっと笑顔だけを選ぶし、思い遣りや共同体感覚の方を選ぶ。
痛みを選ぶことを良しとしたり、
痛みや傷を好転反応と解釈しなくて大丈夫。

そんなの持っちゃいけないんだ。

そのことに信頼を!

信じていることは、きちんと向こうからOKを出してくれる。
信頼して良いことにOKはちゃんとやってきたからこそ、言える。
実証マニアだ〜
絵に出てきた事も実証されることもあるくらいだからの。

もうこんな大きなOKがあったら、信じざるを得ないよ〜



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by arica_11 | 2017-08-04 01:57 | nekkonoarika | Comments(0)

永い季節がおわった。

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8月1日。ほんとにびっくりした。
ここにもずっと気をつけようと書いてきた、ある思想に対して、
想像以上の多くの人たちが別の場所で同じく注意を喚起し
厚生労働省まで「ちょっと待て」を出し、
思想がネットから消えたの。
びっくりしたし、すごく力が抜けた。
そしてやっと、きちんと大きなところから、助けられた気がしたかな。。
なんて、天は見てくれているんだろう。

その思想の、「あなたのここが間違ってる、わたしの言う通りにしないと大変なことになるよ」のおどし言葉の正当化と
痛みを与えるのを、あなたのためと正当化する方法は
法律違反さえ含み、みんなが
どこかおかしい」と、つっこんだ。すごい人の数だ。

それは
人にとって正当なことや必要なことさえも、
思想の主観によってダメ出されて
さらに痛みを伴う方法を強要して、利を得ていたことが露呈したから
起きたことだった。
利は少ないんじゃない、人の痛みを選んで、人の大事な心を否定するのを正当化できたら
その支配欲の充足はきっと、ものすごかっただろう。

つっこまれて批判されても、その思想は決して自己否定も罪悪感も持たないだろうし
むしろ批判する方がわかってないと怒っているだろう。
思想に誤りはないと、これからもずっと発信し続けると思う。

だけどみんながおかしいと思った気持ちは、感覚だし
感覚が拡散されて大きく広がった。
いくら正しいと言っても、その方法が痛みを伴う主観で、人をダメ出しし続ける限り
きっと人々のおかしいと思う感覚は薄れない。

こんなに、多くの人が同じ感覚を持っていてくれた!

初めて、その思想に止められた自分の結婚パーティや、正当なお代をもらうことを批判されたことに対して
泣ける気持ちだった(泣いてはいないけど)。

ううん、本当はすごくすごく悲しかったよ。

もちろん失ったのは自分の力のなさのせいだったし
今はその無知を補う学びも力も得られて、ありがたかった経験。

自分の「おかしいな」の判断に、とにかく大勢の人も、知らぬ間に同意してくださっていて
思想を止めるような力を創ってくれていたことが
もちろんたまたまだけれど、安心をくれた。

世界は叶うのが速い。
思いは集まるのが速くなってる。
同じ感覚を、より知られて、違う感覚はより、離れていく。
今夏は本当にすごい季節。
ありがとうね。

痛みや心配や不安を強調しなくていい世界に。
喜びや安心や肯定から、世界を創っていく。今後は必ずに。















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by arica_11 | 2017-08-03 02:22 | nekkonoarika | Comments(0)

目の前にあるものへ、信頼を。

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数年前からそんな流れだったけれど、
2017年は、以前に比べても結論が出るのが速いのではないかな。
思った世界へ行けるのが速いの。

だから行きたい世界や居る場所を、信じていてほしい。
必ず守られる世界にいると信じられるなら
何があっても守られる。
自分が願う形は、すぐに現れる。

このことは、実証がないとなかなか信じられないかもしれないけれど
まずは小さなことから気付いてゆくのもあり。

例えば、電車に乗っていて、今このことを教えてほしいと願ったら、目に入った広告の文言がぴったり答えに当てはまるとか。
今そばに信じられる人はいるの?って聞いたら、手にしていた本の表紙に求めている人の絵が描かれているとか。
これが欲しいと願ったら、すぐに人からいただけたりだとか。

自分の行動たちが絶対人を守るとか、人の役に立つと信頼できているなら
それを大きくしたり守ったりするためのサポートはやってくる。その人の求める形で。
逆に手に入らないものだって、サポートと言える!
そのことに気付ける。気付いて良い許可をしてよいということ。

一般的ではないことかもしれない、自由な発想であるところがポイント。
ただ
固定観念を外して、本当に自分の求めている世界を理解することが、
世界を自由に構築させる。

映画館が造りたい、と願えば、自分たちの固定観念を外した方法で、手助けが入り、造れてしまう時代!

この時も、多くの人が寄付で1880万円も集まるなんて信じられなかったと思う。
だけど願いや思いだけは、「大丈夫、そこに辿り着けるだけの力が在る」と、知っていたし
その声を届けることができる人にだって出会えたり。
(この時はわたしの絵は大丈夫を顕してくれていたし、他の方もそう表現されていたそう)

わたし自身のサポートのことは余り書いていないけれど…
09年辺りから徐々に思いもしないサポートが増えてきて
どんどん規模も大きくなり、分かりやすくなっているのはたしか。。

人のためと、自分たちのために本当に力を尽くしたものへは、きちんと物質的には負荷がかからず、
サポートが戻ることを信頼できている。信頼せざるを得ないほど。
いろいろありすぎて理解を超えているので全ては書いてはいないけれど
とても多く、規模も想像よりは大きいかもしれない。
そして余りにも当たり前のことのように、やってくる。
だってそういうものでしょ?と言わんばかり。

このサポートたちの、わたしにとっての重要な点は、
自分にとって一番の課題を乗り越える方法が取られる所。

最初は決して楽にではないところが逆にありがたかった。
そして今は楽に返還される方法に変わってはきてる。

必要な課題を乗り越えさせてもらえるところが、本当に素晴らしい。
経験として、いくつもステップアップできる方法でやってきてくれていた。
今は、可能性を理解できた世界観が成り立ってるようなところもある。
捉えなくていい思いを分けられ、捉えていい思いに信頼を寄せられたということ。

課題も、固定観念が外れていると思う。
だってわたしの場合は、無価値観や自己否定、罪悪感の課題を乗り越えることが
サポートのキーだった。
このことは普通のお仕事ではなかなか気付きにくいし取り組みにくいことと思う。

変わった形で現れ、変わった形の課題であるが、
何よりも一番大切なことと気付けたことで
毎回毎回が感謝となった。

その方法には、結婚式で多くの人の宿泊費交通費を負担させてもらった直後の
以前造った壁画が事故で壊れてしまった修正依頼などもあり
それはまだわかりやすく
ご依頼も保険対応ということで、きちんと飛行機代材料費などすべて遠慮しないで済み
且つすぐに返還が起きるなど、説明がしやすかったけれど
思いもしない返還のきっかけには
絵が無断で書籍表紙に使用されてしまったり
絵を捨てられてしまったり絵が事故で壊れてしまったり
工事失敗での修正などもあったりしたので
自分の課題を突き付けられ、対応が大変なものも多かった。
そう、でもね、本当に
罪悪感、無価値観、自己否定を捉えなくて絶対いいものであることは確かであって、
でもそれらをつい捉えてしまうような方法でやってくるところが、本当に面白かったの。

乗り越えれば、ちゃんとサポートがある。
受けとることに罪を思ってはいけないことも、課題だったし。

この自分の課題を乗り越えられなかったことの中に、お代が払われないことを良しとしたり、結婚パーティを止めた経験があり
そこには自分より人の思いを選び、人を救うことを選んだ課題があった。
乗り越えられなかったことも、時間をかけて乗り越える課題となって、またありがたかったり。

自分の中心にある大事な課題を、サポートは確実に捉え、突いてくる。
そしてこのサポートを受けとれなければ、課題は乗り越えられないし、むしろ辛い経験だけが残ることをつくづく教えられた。

だからこそ自分にとって何が一番乗り越えるべきものか知ることが大切だったし
そのことがサポートの可能性を広げる重要なきっかけであった気がする。

家族とのことなども含まれるかな。
夫婦だけの暮らしが、わたしたちにとってとても大事な時間だと理解したこと。

自由に大切なものを知っていく日々が重なる今と
大切なものを、他者を守ることで失わせていた、かつてがあったこと。

もし家族が増えていたら、自分より他者を守り続けた時間を持ちすぎて、壊れていたかもしれない。
家族のいない人への理解や里親制度の理解は今程深まらなかっただろう。
夫婦の結束もここまで深まらなかったんじゃないかな。
子どもを持った方がいい、子どもがいないことはよくないと
言う人の心へこそ、配慮を思う今。
自分は正しい、あなたは間違ってると声を荒げる人は必ず、
生い立ちや世界観にアンバランスがあることを知られたこと。
何が、その人にとっての世界か、成長か、サポートか、
人それぞれの確かな世界を
心から信頼できる今があることへの感謝。。


そして今年。
信頼できる世界の広がりは、どんどん大きくなっている。
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シャスタとセドナ旅も、思いもしなかった手当が後に入った。
13日間過ごした旅費準備費はすぐに(二週間くらいで)戻ってきて。。
本当に予測してなかったので、びっくりしたけれど
そういった場所であることは信頼できているし
そこに行けたというだけのこと。

呼ばれた場所に行けて、大丈夫、と信頼させてもらった機会に
あの場所たちも存在してくれたありがたさも、感じられた。

とはいえ気質はなぜか贅沢を求めていない。
こういう信頼が起きても、全くがんがんに求めることはないけれど。
昨日はそんな中で珍しく
今年の夏の旅の計画がまだできていないことに、ずーんとしてしまって
見守ってくれる人はいる?と思わず天を仰いだら
そのときたたんでいた洗濯物のTシャツにsaint francisとあって。
わー、なんか手に持ってるわ!と思って笑
その人を調べたら、すごく自分たちに合ってる人だった。
見守ってもらえてる信頼を持とうと思えた人^^
先日シャスタからの移動で泊まったサンフランシスコの、名称の由来にもなった人。

聖フランチェスコの思想について、Wikipediaから抜粋しますね。
人間にとって大事なのは愛と平和のみと説いた、清貧と平和の徹底した思想を持っていた方のよう。
動物とも会話していたそう*
なんか近しいものを感じるわ…

フランチェスコの思想の性格をよくあらわしたものに、彼の死の床で歌われたという有名な「被造物の讃歌」がある。この讃歌は、「もの皆こぞりて御神を讃えよ、光のはらから(同胞)なる日を讃えよ」という著名な一節から「(兄弟たる)太陽の讃歌」と呼ばれることもある[125]。そこでは太陽空気大地を「兄弟姉妹」として主への讃美に参加させ、はてはまでも「姉妹なる死」として迎えたのである。フランチェスコ自身の内部では、清貧と自由と神の摂理とが分かちがたく結びついており、この三者が調和してこそ、簡素で自然で純朴な、明るい生活を営むことができるのであった[126]。こうしたことから、彼は西洋人としては珍しいほど自然と一体化した聖人として、宗派を超えて世界中の人から敬慕されている。




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by arica_11 | 2017-07-28 17:02 | nekkonoarika | Comments(0)

Gallery & Art therapy room atelier yufu taratineにて、風景画と人物画で表現するアートセラピー活動も行っています* http://nemotyucac.exblog.jp


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